梅北道路(北梅田地下道)

梅北道路(北梅田地下道)

国鉄(現・JR)梅田貨物駅がつくられた際に、それまで東西に走っていた道路「梅北道路」が廃止されました。しかし、道路が廃止されたことで地元の人々の生活に支障を来すようになったため、地元有力者の方たちが「梅北道路復活期成同盟会」を結成。鉄道省(現・国土交通省)に陳情を行った結果、駅構内の線路地下を東西に貫通して、昭和3(1928)年、この「北梅田地下道」が建設されました。これは当時としては、はじめての本格的な地下道でした。開通時には式典が執り行われ、その様子は新聞にも報じられました。 平成3(1991)年には、新梅田シティの竣工をきっかけに内壁が塗装され、街灯や換気設備なども整備されました。

北梅田地下道に設置されている完成記念プレートの内容とは?

北梅田地下道を利用するために梅田側から階段を下りると、そこに完成を記念して設置されたプレートがあります。プレートに記されているのは下記の文章で、地下道が完成したときの感激が伝わる内容となっています。

古来至誠にして動かざるはなし是ある哉
我等區民の誠意は
遂に鉄道省に容れられ梅北の廢道茲に復活して
延長壱阡六百五拾八尺(五百三米)に亘る
大地下道の竣工を見る時方に
昭和三年四月今や市民蘇生の悦びに堪へず
只管聖代の恩澤を嘔歌す
依って茲に之を刻み以て竣工の記念とす
梅北道路復活期成同盟曾

また、文章の下には、陳情を行った地元の方の名前も記されています。

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梅田貨物駅とは
どんな駅だった?

「梅田駅」が正式名称ですが、阪急電鉄や阪神電気鉄道の梅田駅などと間違わないように、「梅田貨物駅」と呼ばれていました。
もともと国鉄(現・JR)大阪駅は、旅客と貨物の両方を取り扱う駅でしたが、駅の容量不足が叫ばれるようになり、貨物設備が分離されることになりました。そうして昭和3(1928)年に開業したのが、梅田貨物駅です。
開業後は、コンテナ貨物および取扱貨物の取扱駅となり、大阪の貨物輸送の拠点として重要な役割を果たしてきましたが、吹田貨物ターミナル駅、百済貨物ターミナル駅へ機能を移転する形で、平成25(2013)年4月に廃止されました。

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完成当時の地下道と
現在の地下道との違いとは?

完成を記念して設置されたプレートには、その長さは503メートルと記載されています。しかし、現在の長さはおよそ200メートル。では、その違いはどこにあるのでしょうか?
実は、完成当時の地下道は、梅田側の入り口が現在のそれよりも、さらに東側の「芝田1」交差点付近にありました。そのため、その長さに違いが生じているのです。

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史跡MAP

大阪府大阪市北区茶屋町2-9

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